発達特性のある中学生の「お金の練習」|自動販売機で一人で買えるようになるまでのステップ

はじめに
中学生くらいになると、周りの子は当たり前のようにお金を扱い、自分で買い物をしています。
その一方で、特性のある/あるかもしれないお子さんの中には、
- お金の計算そのものが不安
- やり取りの流れが分かりにくい
- 一人で動くことに強い緊張がある
といった理由から、「買い物」が大きなハードルになることがあります。
今回は、IROAIに通う中学1年生の男の子と行った「自販機での購入練習」の様子を、そのまま体験談としてご紹介します。
うまくいかなかった最初の経験から、何に不安を感じていたのか、そしてどんなステップを踏んだのかを一つずつ振り返ることで、「うちの子の場合はどこから練習すると良さそうか」を考えるヒントになればと思います。
きっかけは、保護者面談での一言
今回は、学習面のサポートのためにIROAIに通っていた中学1年生の男の子です。
ある日の保護者面談で、お母さんからこんな相談がありました。

この前、近くの自販機でジュースを買ってくる体験をさせてみたんです。お金を渡して「好きなのを買っておいで」と言ったんですが、結局、買えずに戻ってきてしまって……
戻ってきたとき、彼は手にお金を握ったまま、少しうつむき気味で「どうだった?」と聞くと、「わからなかった」とだけ言って、それ以上話したがらなかったそうです。
お母さんは、



もう中学生だし、そろそろお金の練習もさせたい……
でも、無理をさせて嫌な思い出になっても困る……
という板挟みのような気持ちで、この出来事を話してくださいました。
「できなかった」の裏側にある3つの不安
面談での話を聞きながら、私たちはまず、「何が一番の不安だったのか?」 を整理することにしました。本人に直接「何が不安?」と聞いても、うまく言葉にできないことが多いタイプのお子さんです。そこで、お母さんの話や、普段の授業中の様子をもとに、次の3つの不安を仮定しました。
何円玉をいくつ出せばいいのか分からない
足りなかったらどうしよう、と心配になってしまう
誰にも聞けない状態で、間違えたらどうしようと感じる
後ろに人が並んでいたら、焦ってしまう
「お金を入れる → ボタンを押す → 商品を取る」
という一連の手順が頭の中でまとまっておらず、「どこまでできていれば正解なのか」がはっきりしていない
発達特性のあるお子さんの場合、「できない」の背景に、こうした複数の不安が重なっていることは少なくありません。
ゴールは「手助けなしで、自販機で1本買えること」
次に、今回の練習のゴールを決めました。
手助けなしで、手元のお金から自販機でジュースを1本買えること
ここで大事にしたのは、「お釣りの計算」まで完璧にさせる・「どの商品が一番お得か」を考えさせるといった応用問題をいきなり求めないことです。
最初の一歩としては、お金を入れる→選ぶ→出てきたものを受け取るという一連の流れを、「一人で最後までやれた」という経験にすることを優先しました。そのうえで、ゴールに向かうステップを3段階に分けて授業を組み立てることにしました。
ステップ1:お金のイメージづくりと簡単な計算練習


最初の授業では、教室の机に実際の硬貨を並べるところから始めました。
まずは、
10円玉、50円玉、100円玉、500円玉それぞれの「見た目」と「価値」を、もう一度しっかり確認します。
彼は算数自体は嫌いではありませんが、お金になると急に不安そうな表情を見せることがよくありました。
そこで、
「今、ここにいくらあるかな?」「この120円のジュースを買うには、どの組み合わせがあるかな?」といった「正解が一つではない問題」を、あえてゆっくり一緒に考えていきました。
たとえば、
「100円玉+10円玉×2枚」「50円玉×2枚+10円玉×2枚」など、いくつかのパターンを自分で見つけてもらうと、少しずつ表情がほぐれてきます。
このステップでは、計算をテストとしてではなく「どうしたら届くか」を一緒に探す作業として扱うことを意識しました。
ステップ2:教室の中で「買い物ごっこ」をする


お金のイメージに少し余裕が出てきたところで、次は教室の中で買い物の流れを練習しました。
机の一角を「自販機コーナー」に見立てて、
- いくつかの飲み物カードに「120円」「130円」などの値札を貼る
- 私が「自販機役」になり、お金を受け取ってカードを渡す
- 彼には「お客さん役」として、お金を出す→受け取る→商品をもらう、を体験してもらう
という、シンプルな「ごっこ遊び」からスタートしました。
最初のうちは、戸惑う場面もありましたが、こちらが横で声をかけながら、一つひとつ確認していきます。
慣れてきたところで、役割を交代しました。今度は、彼が「店員さん役」私が「お客さん役」です。
お金を受け取る
↓
値段と合っているか確認する
↓
商品カードを渡す
↓
お釣りがあるときは返す
この流れを「出す側」「受け取る側」の両方から経験することで、自販機の中で何が起きているのか、イメージしやすくなっていきました。彼が店員役をしているときの表情は、お客さん役のときよりも、むしろ楽しそうだったのが印象的でした。
ステップ3:本物の自動販売機での本番
数回の授業でステップ1・2を繰り返し、「教室の中では、ほぼ一人でできそうだ」と感じられたところで、いよいよ本物の自動販売機での練習に進みました。
事前に彼と相談し、
- どのジュースを買うか(候補を2つまで絞っておく)
- いくら持っていくか(必要な金額+少し予備)
- 分からなくなったときはどうするか
を確認してから、教室近くの自販機まで一緒に向かいました。
自販機の前に立った彼は、少し緊張した表情でしたが、
- 商品のボタンを指さして確認する
- 持ってきた小銭を一度手のひらに広げて、もう一度数える
といった動きを、自分から静かに進めていきました。
私は少し離れたところから見守ります。「何かあったら、目で合図してね」とだけ伝えました。
数十秒ほどして、小銭を一枚ずつ投入する音、ボタンを押す「ピッ」という音、ガタンと飲み物が落ちてくる音が続けて聞こえました。彼は商品を取り出し、少し照れたような笑顔を浮かべながら、こちらに戻ってきました。
「初めて買えた!もうできる!」
その言葉には、「やっとできた」という安堵と、「自分でやれた」という手応えがはっきりとにじんでいました。


失敗で終わらせないための、3つの視点
この「お金の練習」を振り返ると、一番のポイントは、最初の失敗を「やっぱり無理だ」で終わらせなかったことだと感じます。
IROAIでは、日常生活の練習をするときに特に次の3つを意識しています。
「何が一番怖いのか」を、大人側で仮説として整理する
本人の葉や表情から、少しずつ確かめていく
いきなり本番だけで勝負しない
教室の中での練習 → ごっこ遊び → 本番、と段階をつくる
完璧でなくても、「ここまでは自分でできた」を言葉にして伝える
本人が「もう一回やってみようかな」と思えるところで区切る
この積み重ねが、「次もやってみよう」という気持ちにつながっていきます。
IROAIという「安心して練習できる場所」
IROAIは、発達特性のある/あるかもしれないお子さんを対象とした、発達障害専門の学習支援教室です。
年長〜中学3年生までを対象に、お子さん一人に対して先生が一人のマンツーマンで学習するだけでなく、日常生活で気になることも含めて支援しています。
今回のような「お金の練習」も、その一つです。
いきなり実生活で本番をさせるのではなく、教室という安心できる環境の中でその子のペースに合わせてステップを組むことで、「やってみた」「できた」「もう一度やってみたい」と感じられる経験を増やしていきます。
保護者の方とは、面談を通じて、
- 学校生活で気になっていること
- 通常学級での過ごし方の不安
- 家庭での声かけや練習方法の相談
なども一緒に整理していきます。
まとめ
自販機でジュースを1本買う、という行動は、大人にとってはほんの小さなことかもしれません。しかし、特性のある/あるかもしれないお子さんにとっては、お金の計算・手順の理解・一人でやり切る勇気が必要な「チャレンジ」です。
中学1年生の彼にとって、今回の「初めて自分で買えた」という経験は、買い物ができるようになったこと以上に、不安があっても、準備をすればできるようになるという感覚につながっていったように感じます。
もし今、
- お金を扱うことが苦手
- 買い物やおつかいになると固まってしまう
- 失敗して以来、その話題を避けている
というお子さんの様子が気になっていたら、今回の体験談を、「どこから一緒に練習を始めてみようか?」を考えるきっかけにしていただければ幸いです。
ご家庭だけで抱え込まず、必要に応じて、学校や専門機関、そしてIROAIのような場も含めて、「安心して練習できる場所」を探してもらえたらと思います。
